優先株償還までの歩み
PROJECT STORY 01
お客さまと当行の間に結ばれた深い絆

OUTLINE

北海道銀行は2025年4月、取引先に引き受けていただいていた優先株を全額償還しました。
この優先株はバブル経済崩壊の時期である1999年7月に発行したものです。

優先株の発行は、当行の経営が苦しかった時期にお客さまに助けていただいたという意味で、象徴的な出来事でした。その経緯から、全額償還に至った一連の歩みを振り返り、深い絆で結ばれた当行とお客さまとの関係を振り返ります。

PROJECT MEMBER

2004年入行
経営企画部 次長
丸田

支店勤務を経験した後、本店営業部、営業企画部(現・営業統括部)、東京事務所、人事部を経て、2024年4月から現職。「仕事を楽しむ」がモットーで、周囲からも太陽のように明るい人と評されている。

※所属部署・掲載内容は、取材当時のものです。

CHAPTER 01
経営危機の当行に2,000社を超える
お客さまが手を差し伸べてくれた。

 日本は1980年代の後半から1990年代初頭にかけて、後にバブル景気と呼ばれる空前の好景気を迎えました。しかし、過熱したバブル経済はやがて崩壊、好景気を前提に融資や投資をしていた金融機関の多くが、軒並み経営危機に陥ります。1997年には大手銀行や大手証券会社が経営破綻し、大きな社会問題となりました。残念ながら北海道銀行の経営も、この時期、大変な苦境に陥りました。
 銀行経営の健全性を示す指標の一つに、自己資本比率があります。ざっくりいうと、分子が自己資本、分母が貸出金にあたるものです。自己資本比率は8%が健全性の目安とされていますが、北海道銀行の自己資本比率は4%を切るところまで落ち込んでいました。もはや待ったなし。抜本的な経営改善策を打ち出さねばならない状況に追い込まれたのです。
 そこで北海道銀行は、優先株を発行し、これを取引先に引き受けてもらうことで、自己資本比率を改善させることにしました。優先株は議決権がない代わりに配当が一般株よりも高いという性質があります。配当が高いという優遇策がないと、株式を発行しても引き受け手がないという判断でした。それでも100億円、多くても200億円を集めるのが精一杯かと予想されていたのですが、当行の親密取引先が結成している親睦団体「らいらっく会」が中心となって、多くの道内企業や自治体など2,000先以上が引き受けてくださり、1999年7月、優先株を発行して総額537億円を調達することができたのです。当時の心境についてある経営幹部は「涙が出るほど嬉しかった」と語っています。その後、2000年3月には公的資金450億円を受け入れ自己資本比率8%以上を達成、当行はなんとか経営危機を脱することができたのです。

CHAPTER 02
内定式の当日に新聞記事で知った
ほくほくフィナンシャルグループの誕生。

 私が入行したのは2004年4月ですが、その半年前の内定式の日、2003年10月1日の内定式は、忘れられない日となりました。内定が正式に決まった日だからではなく、なんと、その日の新聞の朝刊1面トップに「ほくほくフィナンシャルグループ誕生」の見出しが踊っていたからです。ポジティブなニュースではあるものの、自分がこれから入る組織がどうなるのか、不安な気持ちは隠しようもなく、内定者全員がザワついていました。
 ただ、北海道銀行にとって「ほくほくFG誕生」は、経営を健全化していくうえで大きな一歩となったのです。北海道銀行が発行していた優先株は、ほくほくFGの発行に変わりました。スケールメリットを活かし、経営の健全化が推進されました。2005年3月には定款を見直し、優先株を株主から買い戻すこと(これを償還といいます)ができる体制を整えました。
 とはいえ、すぐに償還を実行する体力はまだありませんでした。何より公的資金の返済がまだ終わっていなかったのです。ほくほくFGが公的資金の返済を終えたのは、2009年8月のこと。北陸銀行が統合前に借りた分と合わせて、1,400億円の公的資金を完済することができました。

CHAPTER 03
国際決済銀行のルール変更により
優先株の償還は必須事項となった。

 公的資金を完済してからも、ほくほくFGの経営は決して安泰というわけではありませんでした。ゼロ金利、マイナス金利と呼ばれる政策が続き、地方銀行の収益はなかなか上がらない状態が続いていたのです。公的資金の返済に続き、優先株の償還にも踏み切りたいところでしたが、資本として認められる優先株の存在は、依然として大きな意味を持っていると判断されました。
 そんな状況が10年ほど続いた頃、また一つの転機を迎えることになります。国際決済銀行(BIS)が国際的に活動する銀行の自己資本比率を定めたルール(バーゼル規制)を変更し、優先株の自己資本算入を認めないことにしたのです。ただし、激変緩和措置として10年間、10分の1ずつ優先株の自己資本算入額を減らしていけばよいことになりました。
 ほくほくFGは、このルール変更に対応し、2019年10月、優先株の10分の1にあたる53億円分を初めて償還、その後、毎年、同額の償還をすることになりました。幸いなことに、ほくほくFGの経営は堅調に推移し、優先株の一部を償還しても経営に問題はありませんでした。

CHAPTER 04
優先株の全額償還により資本政策の自由度が増した。

 優先株の一括償還については、2024年夏頃から経営陣の間で本格的な検討が始まりました。同年4月から経営企画部の一員となっていた私は、この動きを知る立場にありました。一括償還をすれば、優先株への配当がなくなる分、ほくほくFGとしての資本政策の自由度が増します。中長期を見据える経営陣にとって、一括償還は魅力のある施策でした。
 2025年2月下旬になって、同年4月に一括償還する方向が正式に打ち出されました。そこからの私は大忙し。経営陣のこだわりは、お客さまに対して直接、優先株償還の説明とこれまでの御礼に回ることでした。とりわけ、優先株発行時の苦労と喜びを知る役員には、どうしても感謝の言葉を直接伝えたいという強い想いがあるようでした。
 役員の誰がどの取引先を訪問するのか、その調整を私がすることになりました。銀行員は皆、お客さまと苦楽を共にした思い出があります。「A社は私が行きたい」「いや、A社との関係は私の方が深い」といった事情を考慮しつつ調整しなければなりません。役員の意向を聞きつつ、大量の取引先とマッチングさせていく作業を1か月のうちにやり遂げるのは大変でした。ただ、この苦労は経営危機の時に奔走した人たちのそれに比べれば、全然大した話ではありません。「この日を迎えることができ、本当によかった」。お客さまから労いの言葉をかけていただき感極まったと話す役員の姿を見て、改めてお客さまと当行の絆の深さに感じ入りました。「私たちはお客さまに支えられている。このことを後輩たちに伝えていかなければならない」。優先株償還の歩みについて振り返った今、私は心の底からそう思っています。